夏休みの課題図書③『日本の工芸を元気にする!』

「日本の工芸を元気にする!」中川政七著、東洋経済新報社(2017)

 

中川政七氏は、三百年続く老舗・家業の「中川政七商店」を継ぎ、卸業から小売業への展開、コンサルティング事業への進出などによる事業拡大で、入社後15年間で売上を10億円余から45億円超へと成長させ、奈良の一地方企業を全国区の知名度を持つ企業へと押し上げた。まえがきに、本書には「ファミリービジネス」や「地方の中小企業」のあり方や、「ビジョン」や「ビジネスモデル」といった一般化できる要素が詰まっている、と記されているが、アパレルなど他業種にはあっても工芸の分野では見られなかったSPAモデルの構築や、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを掲げ、そのビジョンを実現するために業容を拡大していく過程など、確かに成長を指向する中小・ベンチャー企業の経営に多くの示唆を与えるものになっている。

 

以下、特に印象に残った内容を挙げると

 

・企業が競争優位を持続するうえで、業務システムの導入などによる業務効率や業務品質の向上は、外からはなかなか見えにくいが、競争力を決定づける一つの大きな要素である。工芸に限らず地方の多くの中小企業は業務フローの改善や生産管理といった基本的なことが出来ていないので、こうした当たり前のことができるようになるだけで状況は大きく変わり、他に一歩先んじることができる。

 

・コンサル案件として、新ブランドの立ち上げ要望が多いが、新ブランドは時間とコストがかかるうえにリスクも高い。そんな時、新ブランドは業績改善の一つの手段にすぎないことを説明し、現状を分析して改善すべき点を見つけるのが先と伝える。もっとも大事と考えるのは、この会社で事業を通じて何をやりたいか、自分たちにできることは何か、すべきことは何かというビジョンである。

 

・日本の雑貨やインテリアのメーカーは総じて販売に対する意識が低い。良いものをつくれば誰かが評価してくれると信じている節があり、そうした姿勢が、今の工芸の取り巻く厳しい環境の一因になっている。良いものを作るのはもちろん、それを必要とする人の手に届けて、初めてものづくりは完結する。そこで、大日本市(中川政七商店と全国の工芸メーカーによる合同展示会)では、出展者に売ることを強く意識してもらうため、朝礼で前日の成約実績と当日の目標を発表する。

 

・普通の経営者は、業績の伸びに陰りが見えたり期待の新商品が空振りしたりすると、つい弱気になって何かしらの理由付けを求めたくなり、いろいろなデータを組み合わせて分析したり、顧客の声に耳を傾けたりするマーケットインの手法を取るが、私はものづくりはプロダクトアウトであるべきだと一貫して主張している。特に今は、インターネットなどを通じて、つくり手の思いや背景を伝えやすい環境にあるので、たとえ一人でも本気で面白がって取り組めば、それに応える人は必ず現れる。伝わらないのは、つくり手のパッションが足りないのだと思う。

 

・経営者の役割とは進むべき方向とそこに向かうスピードを決めることだと考えている。ゴールに早く到達するに越したことはないが、あまりスピードを上げすぎると、社員がついてこれなくなる。

 

私は大学院時代に中小企業の製品開発過程について研究する中で、中小企業の自社製品は経営者や社員自身がユーザーとして欲しいもの、使いたいものを作るべきだという示唆を得た。大企業は、ある程度の販売数量が見込めるターゲット設定で、「最大公約数」的な商品を企画することがどうしても求められる(ただし、それが当たる保証はないのだが)。また、視点を変えると、合議制で意思決定を行う大企業の場合は、最大公約数的な仕様に陥ってしまいやすい、という側面もある。一方、中小企業であれば、そこまで大きな販売数量を負う必要がない。また、供給能力を考えると、そもそも大企業と同じ規模の数量を負うことが適切でもない。なので、ごく小さなターゲット向けに、こだわった商品を提供する、という戦略が取れる。また、経営者自身が企画者であれば、自身の思いを貫いて、刺さる人には刺さる、尖った仕様の商品も作りやすい。

 

本書の冒頭では、中川政七商店が上場準備を進めていたものの、申請直前で取りやめた、というエピソードが紹介されている。理由の一つして「普通の経営」をしなければならないという懸念があったことを挙げているが、攻めの経営ができなくなること、大企業的なものづくりに変わっていく(いかざるを得ない)への危惧があったのではないかとか思う。これからもどんな攻め手を繰り出していくのか、注目したい。